東金砂山、真弓山、竪破山、花園山と並んで山岳信仰の聖地とされる、常陸五山のひとつで標高は418mで山頂に、西金砂神社がある。絶壁の山頂にあり、茨城のマチュピチとたとえる人もいる。
山頂からの眺めは素晴らしく、かの徳川斉昭も「眺むれば 心の隅も打ちはれて さやかに匂ふ 遠の山の端」と絶唱したといわれる。西に絶壁がある天然の要害の地であったため、中世期には当時の豪族・佐竹氏の城郭としても使用されていた。源頼朝との戦いの際には、激戦の末に佐竹氏を敗走させた頼朝が、金砂山が再び佐竹氏の戦略上の拠点とされることを警戒し、西金砂山が中心となっていた信仰を新たに東金砂山に移したとも伝えられている。まったく異なる位置にある2つの山に、それぞれ「金砂山」という名前が付いているのには、こうした宗教政策なども背景にあったことが伺える。また、西金砂山には自然が多く残されており、暖地性植物であるシダ類、スダジイ、カシ類、タブノキ、カゴノキや山地性の植物ブナなど多くの植物が生育しており、観察会などに適している。
山頂からの眺めは素晴らしく、かの徳川斉昭も「眺むれば 心の隅も打ちはれて さやかに匂ふ 遠の山の端」と絶唱したといわれる。西に絶壁がある天然の要害の地であったため、中世期には当時の豪族・佐竹氏の城郭としても使用されていた。源頼朝との戦いの際には、激戦の末に佐竹氏を敗走させた頼朝が、金砂山が再び佐竹氏の戦略上の拠点とされることを警戒し、西金砂山が中心となっていた信仰を新たに東金砂山に移したとも伝えられている。まったく異なる位置にある2つの山に、それぞれ「金砂山」という名前が付いているのには、こうした宗教政策なども背景にあったことが伺える。また、西金砂山には自然が多く残されており、暖地性植物であるシダ類、スダジイ、カシ類、タブノキ、カゴノキや山地性の植物ブナなど多くの植物が生育しており、観察会などに適している。
天然記念物「サワラ」
天然記念物「イチョウの木」
金砂神社大祭礼は、東金砂神社(水府)と西金砂神社(金砂郷)の2つの神社の合同で72年に一度開催される祭りです。
開催までの期間が日本で最も長い祭りであり、一生に1度見られるかどうかの祭りです。
東西の金砂神社の氏子たちがそれぞれ500人ほどの大行列を編成し、両神社から日立市水木浜までの間(およそ75キロメートル)を10日間かけて往復します。現在までに17回開催されています。
このような行列は「磯出」と呼ばれ、渡御の途中の数カ所で,国選択・茨城県指定文化財の田楽舞が奉納されるほか、水木浜では、磯出伝説にちなんだ非公開の神事が行われます。
開催までの期間が日本で最も長い祭りであり、一生に1度見られるかどうかの祭りです。
東西の金砂神社の氏子たちがそれぞれ500人ほどの大行列を編成し、両神社から日立市水木浜までの間(およそ75キロメートル)を10日間かけて往復します。現在までに17回開催されています。
このような行列は「磯出」と呼ばれ、渡御の途中の数カ所で,国選択・茨城県指定文化財の田楽舞が奉納されるほか、水木浜では、磯出伝説にちなんだ非公開の神事が行われます。
行列には、平安時代や江戸時代など、さまざまな時代の衣装を着た人々が登場し、天下泰平や五穀豊穣を祈願します。起源は、金砂の神が水木浜に現れたことが神社の始まりとなったという逸話や、神様を近江国日吉神社から金砂山へ出迎える際、海路を経て水木浜に着いた神様が、久慈川とその支流を遡って金砂山に着いたという伝説からと言われていますが異説も多くあります。 第17回の開催は、平成15年3月22日から3月31日まで行われました